監督に練習試合の事で話があるから、と呼び出されて音楽室に来てみれば。
そこで待っていたのは、淡い光と、優しい音と。
adagio
鍵盤の前に腰掛ける男がなめらかに指を滑らせているのが、彼の後姿からでもよくわかった。
跡部は音を立てないよう音楽室の中に入り、真っ直ぐピアノの元に向かう。
そっと男の横に立てば、彼は演奏しながら黒い瞳を僅かに見開いた。どうやら弾くのに集中していて、人の気配に気付かなかったらしい。
「続けろ」と人差し指で鍵盤を指し示すと、男は微笑んでまた視線を手元に戻した。
つつ、と黒い塗装の曲線を撫でながら移動する。
窓際まで辿りついて、跡部は男を見た。
穏やで、爽やかと言ってもいい曲は、普段夜のイメージがあるこの男には不似合いなようでいて、ひどく相応しいように跡部には思えた。
緩く伏せた目元も、とめどなく動く長い指も、いつものように鷹揚に弧を描いていない真剣な口元も。
なんだかとても綺麗に感じて、いたたまれなくなって胸元のネクタイを直すフリをしてごまかした。
余韻の微かな音を最後に、男は小さく息をついた。
「忍足、お前ピアノ弾けたんだな」
「んー、まぁ、齧る程度には、な」
忍足はギギ、と椅子を引いて立ち上がる。
「どうやった?俺の演奏。」
「顔に似合わず、随分とヤサシーク、弾くんだな」
正直に言えるはずもなくて、照れ隠しにからかい口調でニヤリとすれば。
「そら、跡部を想って弾いてたからなァ」
満面の笑みでカウンターを喰らわされた。
「!!な、」
「激しいお付き合いもしてみたいけど、やっぱ、好きな子思い浮かべながらやと、優しい気持ちになるもんやな」
「〜〜〜ッ、お前はどうしてそうっ…!」
頬に熱が集まる。
この男は何故こうも恥ずかしい事を平気で言えるのか。
しかも慣れた様子で、軽々しく。
(どうせ手当たり次第口説いてるんだろ…!)
自分にちょっかいをかけてくるのだって、困っているのを見て面白がっているだけなのだ。
「な、跡部」
「……」
「一曲」
「…は?」
「一曲、弾いてくれへん?」
跡部は忍足を一睨みしてから、ピアノに近づいた。
監督が来るまでここに二人きりでいなければいけない以上、ピアノでも弾いて時間を潰すしかない。
とにかく、このなんともいえない空気を拭い去りたかった。
スカートが皺にならないよう注意しながら腰掛ける。右足をペダルに添えて、
「リクエストは?」
と後ろに立つ忍足に問いかける。
「猫ふんじゃった」
「却下」
指慣らしをするために、鍵盤を左から右へ順々に早く叩いていた跡部の指が、ぴたりと止まった。
「どないした?」
「…ここ、半音ズレてる」
言って、ターン、ともう一度高い音を鳴らすと、跡部はやっぱり、と呟く。
「監督にしては珍しいな…って、忍足!?」
「これ?」
耳元で低い声が囁く。
跡部は忍足に後ろから覆い被さられていた。
身体もだが、両手も一回り以上大きい掌に、すっぽり包み込まれてしまっている。
白い指を絡め取りながら、忍足の右手の薬指が鍵盤を押す。
「ちょ、お、おしたり…」
「んー、俺にはわからんわ」
背もたれの無い椅子は、二人が密着するのになんら妨げとならない。
背中が異常に熱い。
それなのに、交差した指の先は、緊張して冷たくなっていく。
ふと左手を解放されて余裕を取り戻した跡部は、右手も返してもらおうと、忍足の右袖を掴んだ。
「放さないと、弾けねぇじゃねぇかよ」
途端、余った手が跡部の顎を上向かせる。
驚いた青灰と、細められた漆黒が交わった。
「――ピアノの音なんかより、お前の綺麗な声を聴きたい」
至極優しく下唇を親指でなぞられて、跡部の喉がひくりと震えた。
往復する忍足の熱に、塗ったばかりのリップクリームのストロベリーが匂い立ち、思考回路を痺れさせていく。
「聴かせて」
近づく逆さまの端整な顔。
光に反射して紺色に見える髪がさらりと頬をくすぐって、
「ぁ、」
唇が、
(触れる―――)
次の瞬間、忍足のそれは跡部の唇の端を掠めただけで、あっけなく離れていった。
「残念。続きはまた今度な?」
半歩下がってにっこり笑う忍足の背後で、音楽準備室に繋がるドアが開いた。
「遅れてすまない。早速だが、日曜の試合について確認しておきたいことが……」
「つ、続きなんか、あってたまるかよ!!!!!」
耳まで真っ赤にして怒鳴った跡部は、「突然大声を出すな」と榊にたしなめられ、さらに赤面して。
少し泣きそうになりながら、隣で涼しい顔をしている男を睨んだ。
キリ番1000を踏んでくださったりか様からのリクエスト、
「女体で忍跡」
一度はやってみたいグランドピアノネタで攻めてみました(笑)
タイトルも音楽用語から。「ゆるやかに」という意味です。
ゆるやかに、けれど確実に跡部の心を占めていく忍足、のイメージ。まだまだ道は遠いぞ!頑張れオッシーv(ひとごと)
が、使っておきながら、本人全くピアノの知識がありません。おかしいところがあっても、目をつぶってやってください…
あと、リップクリーム!!景ちゃんはストロベリーの香り!
宍戸さんは緑地に看護婦さんの、定番リップ(笑)←岳人あたりに「色気ねー!」とか言われる
もうちょっとでアヤシイ雰囲気になりそうだったのですが、太郎(=理性)がストップをかけてきたのでこんな中途半端な感じと相成りましたが…
りか様、いかがでしょうか?
よろしければお持ち帰りくださいませvv(返品可)
2005.02.09 涼河
女体部屋
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