少年の悲嘆






なんてもの悲しい季節なのだろう。





忍足侑士は窓辺で頬杖をつきながら、

「はぁ」

とため息をついた。
季節は初冬。
時は昼休み。
場所は2年13組の教室。

「…忍足先輩。いい加減にしてください」

哀愁漂う背中に声を掛けたのは、銀の髪が鮮やかな長身の少年である。
その端整な顔には、呆れと諦めの色が滲んでいる。

「鳳か…何?」
「何、じゃないですよ!ひとの教室でいつまでやってるんですか…」

そう。正しくこの鳳長太郎はここ2年13組の生徒であり、

「やって、ここからのがよう見えんねん」

忍足侑士は2年13組とは程遠い、3年5組の生徒である。
そんな彼が部活の後輩の教室にいるのには、もちろん理由がある。

「あー…ホンマつらい。つらすぎるわ」

窓の下を一心に眺め、呟く声音が無駄に色っぽい。
教室のそこらじゅうから漏れたため息――忍足の憂いのため息とは違う、いわゆる“うっとり…”のため息に、鳳はこめかみを押さえた。
忍足侑士はその涼やかな美貌と落ち着いた物腰、知性を感じさせる微笑と色気満点の声のために、女生徒のファンが多いのだ。
確かに、たった今冷風に漆黒の髪を揺らし、漆黒の瞳を伏せて物思いに耽る彼は、人気俳優もかくやの美形っぷりだが……

風が外の賑やかなざわめきを運んでくる。
鳳は忍足の隣に立つと、眼下に広がるグラウンドを見た。
5限目に体育の授業を受ける生徒達が、談笑しながらハードル走の準備をしている。
有名デザイナーが手がけたジャージの色は、3年のカラーだ。

「はぁ」
「……」
「――はぁぁ」
「おしたりせんぱい…!」

ほんとウザいです!
とは、心優しい鳳には言えない。
3年の体育の授業内容が陸上競技になってから、忍足はこの曜日の昼休みに、かなりの頻度で2年13組に訪れる。
グラウンドに散らばるのは3年6組の生徒諸君。
いわずもがな。跡部景吾のいるクラスである。

忍足は、愛しの跡部を拝むために、ここに来ているという訳だ。

「鳳かてつらいやろ?」
「いえ別に」
「跡部の眩いばかりの美脚がジャージという無粋なもんに覆われてまうのを!!!」
「人の話聞いてくださいよ!?そりゃ確かに跡部さんの脚は目の保養ですけど!」
「…鳳…宍戸に言いつけるで」
「なんなんですかもう!!!!」

忍足はとにかく異性の脚にうるさい。
顔にもうるさく胸にもうるさくウエストにもうるさいが、脚はことさらにうるさい。
天才ってメンドクサイ生き物だよね。とは、忍足の悪友―本人たちは友と言うと心底嫌そうな顔をするが―芥川慈郎の名言である。
そのメンドクサイ彼を唸らせた脚の持ち主が、跡部景吾。
忍足曰く、『完全無欠の脚線美』。
まぁ確かに、跡部の脚線の美しさは完全無欠だと鳳も思う。
決して決して自分はマゾヒストではないけれど、あの脚にならちょっと蹴られてみたい。とか時々考えてしまう。
忍足や慈郎が怖いし、宍戸に白い眼で見られそうだから、絶対に言わないが。

「あの綺麗な脚が、ハードルを跳び越すところがめっちゃエエのに。ジャージ履いてたら見えへんやんけ!」

スラリと伸びた脚は、日に焼けない肌質なのか、抜けるような白さで。無駄な肉もなく、綺麗に筋肉が付いていて。
容姿の美しさだけではない。動作も限りなく美麗で。
跡部の走る姿に、皆目が離せなくなる。
テニスをしているときも同じだ。彼女のプレーは迫力があり、それでいて繊細で綺麗で、人々の心を惹きつける。
青空の下、ひらりと軽やかにハードルを跳ぶ跡部景吾は、とても綺麗だ。

しかし。


同意したくなる意見とはいえ、こんな変態的なセリフを大声で叫ぶのはいかがなものか。
それなのに彼の人気が衰えないのは何故なのか。
女子ってわからない。鳳は心中で盛大に肩を竦めた。

グラウンドでは、跡部が同じクラスの宍戸と共に笑っている。
よほど面白い話題なのか、ふたりともかなり楽しそうである。




「ああ、かわいらしいなぁ」





そう呟いた忍足の表情が、幸せそうな甘い笑顔だったので、ギャラリーから再びため息が漏れた。
変態的な意味合いもなく、ただ一途に、純粋に恋をする男の表情。
女はそんな表情にグッとくるのだ、と。



忍足の隣で、宍戸の姿を見て同じ笑顔をこぼしていた鳳が気づくのは、まだ当分先の事。













涼河も脚フェチです。というか腰フェチ?腰から脚にかけてのラインにはちょっとうるさいです(笑)
結局、忍足にもメロメロなんです、涼河は。普段は辛口ですけども!
2007.11.15 涼河

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