※この話は、跡部達が一年の時の、晩夏の話です。 その謳で蘇る君への想い 「ぅわぁっ…!!!」 あれ。今俺、とんでもない声を聞かんかった? 後ろを振り向けば、跡部が頭を抱えて蹲っとった。 何しとるん、この子。 というか、さっきの声……出したんはやっぱり、跡部やんなぁ? きょろきょろと周りを見てみたけど、他に人なんて近くにおらんし。 跡部に向かって一歩踏み出せば、地面にひっくり返っとった蝉が、じたばたと暴れ出した。 最期の力を振り絞って、死から逃れようと、勢いよく。叫びのような羽音を立てて。 部室からコートへと続くこの道には、両脇に樹が植えられている。 その樹の幹から枝から、四方八方余すところなく、蝉の鳴き声が発せられている。 さっきまでは気にもしとらんかったけど、足元には、たくさんの蝉の屍骸が転がっていた。 無残に踏み潰されたものもある。まぁ、人通りの多い場所やからな。仕方ないやろ。 「跡部?どないしたん?」 近づいて声を掛けても、返答なし。 どうしたもんかと首を傾げたところで、ぽつりと跡部が呟いた。 「蝉、が…」 「蝉?」 「顔めがけて飛んできた」 なるほど。 突進してきた蝉に驚いて、「うわぁ」とか思わず叫んで、尚且つしゃがみ込んでしもうた、という訳やな。 そしてそれが恥ずかしくて、顔を上げられへん、と。 腕の隙間から覗く耳が真っ赤や。 「なんや跡部、蝉が怖いんか」 からかう様な口ぶりに、ムッと顔を上げる。 睨み上げる目は鋭いけど、そんな体勢と赤い顔じゃ、効果ゼロやで。 「別に怖くはない。変な飛び方しやがるから、予測が付かなくて嫌なだけだ!」 「あ。」 「?なんだよ?」 「跡部の肩んとこ、蝉が止まっとる」 おお。固まった。 あの、いつも自信満々な表情浮かべとる跡部が。 顔真っ青にして固まっとるで。 なんや。普通の女の子みたいな反応、できるんや。 「お、おい、忍足…!早く取れよ…っ」 言葉は相変わらず高慢やけど、その瞳は、俺に助けを求めて頼りなく揺れている。 「うそやで」 「――はっ?」 「蝉なんか止まっとらんて」 跡部は呆然と目を見開いた後、一気に眉を吊り上げた。 「お前ぇっ!!!!」 「ははっ。跡部の弱点見つけたった」 「ふざけんな!」 再び耳まで真っ赤にしながら、肩を怒らせて去っていく細い背中。 うん。 これはちょっともう、キた。 キよったで。 「かわええやんなぁ」 夏の終わりと共に、今鳴く蝉は命を絶つけれど、 「お前らの分まで、青春を謳歌したるからな、なぁんて」 夏の終わりが齎した、新たな感情もあるわけで。 力尽きた地面の蝉に、ほんの少しだけ笑いかけた。 途端、輪をかけて大きくなった合唱に、つい片耳を塞ぐ。 「頑張れって応援してくれとるんか?それとも、余計なお世話やって言いたいんかな?」 確かに、こいつらの方がよっぽど、恋に全力かもしれへん。 そこでふと、俺は我に返った。 ――蝉相手に会話するとか、とんだ変人やん。 それでもなんとなく、何も言わんと立ち去るんは気が引けて。 「ほなな」 ひらりと手を振って、蝉時雨の中を潜り抜ける。 この声を聞くたび、彼女の真っ赤な顔や、頼りなく揺れる青い瞳を思い出すんやろな、と感じながら。 ★ LF!top ★ プロペラcontents ★ ちょっと余分な要素入れすぎたかなーと思いつつ… 忍足が、跡部を好きになった要因のひとつです。 時期的には、一年の夏。 これをきっかけに忍足が跡部を意識しだす感じでしょうか。 ごみばこ行きにするか迷ったけど、割かし重要な話かも…と思ったので番外編行き! 10.09.07 涼河 |