「誕生日、おめでとう」


差し出す先に、奇跡の花が綻びる。















時計の針は、既に19時と40分を指している。
10月4日。
今日は、跡部景吾の誕生日だった。
教室、廊下、昇降口に校門。入れ替わり立ち代り、彼の元にはひっきりなしに人がやって来て、祝いの言葉とプレゼントを置いてゆく。
その好意たちが、二人がかりでも持ちきれないほどになるまでは直ぐで。
彼を迎えに来た車のトランクにも入りきらず、座席にさえ詰め込んで、そうなれば彼が乗るスペースは無く。
しめたとばかりに、彼は言った。

「今日は歩いて帰る。もしかしたらそのまま、忍足のマンションに遊びに行くかもしれない」











「なぁにひとりで笑ってんだよ?」



後ろから問われて、忍足は唇に弧を描いたまま相手の顔を見た。
跡部はソファーの背もたれの向こう側から、横目で忍足を眺めている。
「思い出し笑いする奴は、ムッツリスケベなんだぞ」
「――俺って完全にオープンスケベやと思うねんけど。そこんとこ、景ちゃんが一番知っとるやろ」
「…ああそうだな、お前はどこでも盛るもんな」
「まぁそれは、俺をスケベにさせる景ちゃんが悪いねんけど」
「付き合ってらんねー」
忍足にそっぽを向いた跡部は、目の前のローテーブルに置かれた紙袋を漁り始める。
プレゼントはほとんど迎えの車に預けてしまったが、その紙袋だけは、跡部自身がここまで持って来たのだ。
そこには、テニス部で親しいメンバーからの贈り物が入っていた。
長い指が、淡いグリーンのリボンを解く。
そんな些細な動作にすら見蕩れながら、忍足は口を開いた。
「あの時のお前の演技、たいしたもんやったなぁと思うてた」

焦った表情の運転手には申し訳なかったけれど。
さも仕方なさそうに。それから、たった今閃いたかのように。
それは忍足と跡部の策略だった。

「来てくれておおきに」

本当ならば、彼は己の家で、誕生日を祝われていたはずだ。
けれど、今。
この日に生を受けた少年は、忍足の目の前にいる。

「パーティーが開かれてるはずだ。両親もわざわざ戻ってきてる」
「うん」
「きっと、帰ったら怒られる」
「うん」
「…お前の所為だからな」
「うん」

跡部の手からリボンがすり抜けて、音も無くラグの上で渦を巻いた。
忍足は、持っていたワイシャツをぞんざいに放り投げた。
かろうじてキッチンの椅子に引っ掛かったそれは、風呂を用意するついでに洗濯機に入れようと思っていたものだが、そんなものは後回しで良い。
大股で跡部に近寄り、
「景吾」
「――生半可な祝い方じゃ、許さねぇ」
「もちろん、」
ソファの前へ回る時間すら惜しい、とでも言いたげに、忍足は跡部の両脇に手を差し入れ、引き上げた。
「今までで一番最高の誕生日にしたる」
促されて立ち上がった跡部。背もたれを跨ぐのを支えるように、忍足が細い腰を抱き寄せる。
頬にキスをひとつ。
「まずは、とっておきのプレゼントをご覧に入れましょう」
慇懃に微笑んでみせて、手を引いた先はベッドルーム。
忍足はドアを開け、半身ずらして跡部に道を譲った。
促されるまま先に部屋に入る。背後で電気のスイッチを入れる音がした。
白い蛍光灯に照らされる床、クローゼット、ベッド、それからその上の――
「これ…」
跡部が思わず息を詰める。
真っ白なシーツに乗っていたのは、鮮やかな青をした薔薇の花束だった。


つい最近、どこぞの大会社が産み出したと話題になった“青い薔薇”。
それは随分と紫がかっていて、青と言うには無理がある、とテレビの前で嘆息したことを、跡部は憶えている。
ところが、この目の前の薔薇はどうだ!
晴天の空よりも濃く、美しくたゆたう深海を切り取ったかのような、正真正銘の青。
まさしく奇跡のブルー・ローズだ。

「本物なのか?」
そっと近寄ると、生きた花の匂いがふわりと香る。
「本物やで」
「信じられねぇ…!」
不可能の代名詞、それが目の前にある。跡部は一瞬、これは夢だろうか、と疑った。
「まさかそんな…一体どうやって!?」
忍足は花束を無造作に持ち上げて、驚いている跡部の腕の中にそれを落とした。
「忍足家の力を舐めたらあかんよ」
にっこり。
「………」
つっこみたい箇所は山ほどあったが、あまりのことに言葉が出ない。
結局、跡部は口を何度かはくはくと動かしただけで、観念したかのように手元の薔薇に目を遣った。
真っ青な花弁は透明のセロファンに包まれ、薄ピンクとアメジストの2本のリボンで飾り立てられている。
シンプルだがセンスの良い、奇跡の青を最大限に美しく魅せるアレンジメントだ。
「その花束な、14本のブルー・ローズでできとるんや」
「14本」
「うん。景吾の歳の数」
跡部が顔を上げた。綺麗なその容貌に訝しげな表情を広げる恋人に、忍足の笑みが深くなる。
「歳の数って、おまえ」
「わかってるて。今日は15回目の誕生日やんな」
「?」

「15本目は、ココ」
そう言って、忍足は跡部を指差した。
「――はぁ?」
「だってなぁ、この瞳の色も、見たことも無いような綺麗な青やし」
ツツ、と少し冷たい親指が、目の淵を優しくなぞる。
「瞳だけやない…景吾は、その存在全部が綺麗で――ほんま、奇跡やで」
「……言ってて恥ずかしくねぇのか…?」
「全然?やってほんまのことやろ」
とぼけているのか、本気で言っているのか。
忍足のポーカーフェイスは一級品で、さすがの跡部にも見抜けない。
跡部は呆れたとばかりに――その実赤くなってしまった頬を隠すために、大仰なため息をついて俯いた。
「バァーカ」
「けーちゃんかーわえぇ」
「うるせぇ!」

「誕生日、おめでとう」


腕の中にはブルー・ローズ。
すぐ傍には胸震わせる愛しい気配。
15回目の誕生日は、

「…忍足」
「ん?」
「悪かねぇ祝い方だ」

きっと一生忘れない、最高の日になった。

嬉しいという想いが溢れ出し、それはそのまま笑顔になる。
一輪の花が、美しく綻びるように。






「――景吾、薔薇」
「は?」
「薔薇、こっちに寄こし」
「え、何だよ突然」
「今からお前を押し倒すから。乱暴にして散ってしもうたらもったいないやろ」
「ちょ、おい」
言いながらも忍足は跡部から花束を取り上げ、サイドボードに置いた。
「そんなとこに置いとかないで、花瓶に生けた方がいいだろ」
「後ででええやん」
「散ったらもったいないって今言ったばかり…ぅわっ!!」
忍足と跡部、二人分の体重を受けて、ベッドが大きく沈む。
「大丈夫。こっちの薔薇は乱暴にせぇへんから」
「あのなぁ!――んっ」
抗議を唇で塞いで、忍足は15本目のブルー・ローズを、鼻が触れ合うほど近くで見下ろした。
「景吾、ブルー・ローズの花言葉って知っとる?」
「ん、確か、『不可能』、だったはず、っ」
喋っている最中にも、キスを贈るのは止めない。跡部が文句を言いたそうに睨んできたが、忍足はお構いなしだ。
「確かに『不可能』も花言葉として使われとるけどな、ちゃんと決まってはおらんのや」
金茶の髪を梳いて、忍足が続ける。
「で、決まっとらんから、俺も勝手に考えてみたんやけど…」
「、ほぅ」


「ブルー・ローズの花言葉は――」







『奇跡の美しさ』








「なんて、どう?」







「気障なヤツ…」













ブルー・ローズ・・・「奇跡の美しさ」















ブルーローズの花言葉として言われているのは、『不可能』の他に『神の祝福』など。
ただ、正確には決まっていない、はず…?(調査不足)
最近は生花のブルーローズも出回っているようで(楽●にわんさか…)
でもこれは白薔薇に染料を吸わせて作っている、ということらしいので、
正真正銘本物の真っ青なブルーローズは、まだまだ奇跡の域ってことにしといてください…!
サン●リーの青薔薇開発も、結構昔の事ですが…大目に見てやってください凹
ただ、青薔薇は、「不可能」なままであって欲しいなーなんて。「不可能」だからこそ惹かれるというかなんというか。

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