君は僕の、朝の花嫁。











目を覚ますと、見慣れた金茶が視界に飛び込んできた。
愛しい愛しいあの子の髪の色。
どうやら今日も、俺が先に起きたようだ。
柔らかな髪を指先でしばし弄くってから、腕枕にされている腕を抜き取った。
そうしても、この恋人は目を覚まさない。
それこそ最初の頃は、俺より先に起きて、さっさとベッドから抜け出してしまっていたのだけど。
水色のカーテンは朝の光を遮り切れず、部屋中が淡い光に満ちていた。
人形のように整った顔にも、シーツからのぞくまろやかな肩にも、光は静かに降り注いで。
なんて綺麗なんだろう。
「あとべくん」
ああ、君は本当に――
「!そうだ」
途端、たわいもない事を思いついて、俺はいそいそと部屋を出た。







音を立てないように、そっとドアを開ける。
跡部くんはいまだ夢の中だ。
俺はベッドの脇に膝立ち、手に持っていたものを広げた。
昨日から旅行に出掛けている母さんが、つい一昨日買ってきた、小窓用のレースカーテン。
一旦それをシーツの上に置いて、跡部くんの頭を持ち上げる。
(慎重に、慎重に…)
横向いた顔を仰向きにさせた。
「…んぅ」
柳眉が寄ったが、大丈夫、これはまだ起きる合図じゃない。
内心でガッツボーズを掲げ、小ぶりな頭を片手で支える。
そうしてからもう一方の手で、レースカーテンを引き寄せた。
それを枕に広げ、その上に跡部くんを降ろす。
レースの端をつまんで、額のあたりまでそれらしく被せれば、ほら。
「花嫁さんのできあがり〜」
本物のヴェールみたいに滑らかな質ではないけれど、纏うひとが極上だから、問題はないのだ。
跡部くんがくるまれば、この安物のシーツだって、世界一のウェディングドレスになってしまう。
「うん、すごく綺麗だ」
にっこり笑って、整った唇に軽くキスをする。
その感触に反応したのか、跡部くんの長い睫がふるりと震えて、青い宝石が現れた。
「ん――、きよ…?」
「起きた?」
身体を起こす。シーツのドレスがすべすべの肌をほんの少し滑り落ちる。
白い背中で薄いレースがふんわりと揺れて。
うん、なんていうか、超絶色っぽい。
「あ?何だよこれ」
頭にかかる布に気付いて、跡部くんが手を伸ばした。
それをすんでのところで捉える。不思議そうに首を傾げる表情。
「誕生日、おめでと」
言ってから、もう一度キスを。
跡部くんは俺のキスをくすぐったそうに受けて、
「もう聞いた」
と笑った。
「そうだね。0時ちょうどに言ったけど。どうしても、もっかい言いたくなったんだ」



「…サンキュ」





頬を染める、初々しい花嫁。
我慢なんて、する必要ないよね?
俺は、ヴェールごと、可愛い恋人を掻き抱いた。












「千石!遅刻するぞ、早くしろ」
「待ってよ跡部くん!か、鍵どこっ」
玄関の鍵を閉めて先を行く跡部くんに追いつきながら、俺はふと隣の家の庭を見た。
毎年秋になると咲く、名前も知らない花が、今年も美しく花開いている。
俺が見つめていると、隣の跡部くんが感心した声を出した。
「へぇ。綺麗に咲いてるな」
「ね。ここの家のやつ、毎年すごくキレイなんだ」
そんなことを言いつつ、俺たちが通り抜けたその瞬間。

花たちが、大きく風に揺れた。

「!」


それはまるで――。


そう、まるで、俺たちを祝福しているかのように。












スカビオサ・・・「朝の花嫁」













げ、ゲロ甘ァ!
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