全国大会。青学と再び激突し。




俺たちの夏は、終わりを告げた。





金木犀とテニスと僕らと




「うわ、結構寒いやん…」
屋上のドアを開けた途端、忍足が呟く。
立て付けの悪い鉄製のそれは、ギギギ…と重たそうな音を立てつつも、俺たちの外への脱出を容認した。
(この前岳人が開けようとした時は、子猫が通れる程しか開かなかったのだ。…キレた跡部があの恐ろしい脚力で蹴ったおかげで全開になったけれど。)
忍足が言った通り、頬を撫でる風は夏のそれよりも確かに冷たさを増している。
さする腕も、新学期が始まってしばらくすると、白い生地に包まれるようになった。

こんなささいな瞬間にも、夏の終わりが染み込んでいて。
それは俺たちの――跡部率いる氷帝テニス部の夏が、本当に終焉を迎えた事を主張しているように思えて。

ひどく、切なくなった。

「宍戸ー、なにボーっとしてんだよ?」
僅かに遠くで、岳人の声がした。
顔を上げる。忍足と岳人は、既に緑色のフェンスに背中を預けてこちらを見ていた。
「ちょっとカンショウに浸ってたんだよ」
「自分、感傷って漢字で書けんやろ?」
「うるせー!」
からかう忍足を睨みつけて、俺もフェンスの側に寄ると軽く指を掛けた。

六角形の向こう側に見えるのは、綺麗に整備されたたくさんのテニスコート。
――俺たちがついこの間まで、毎日のように立っていた場所。
部員たちの掛け声と、ボールを打つ小気味良い音がここまで聞こえてくる。

「…コートがあんなにあるのに、汚いところなんか一つもないな」
岳人のしみじみとした声に、忍足が微笑して答えた。
「景ちゃんが、『与えられた環境に感謝しろ。』言うてコート整備まで徹底的にやらせたおかげやな」
「あいつレギュラーにまで使ったコート整備させたもんな!自分は腕組んで見てるだけのくせして!」
悪態をつく岳人は、しかし楽しそうに、懐かしそうに笑っている。
跡部の意思は、部長交代した今でも受け継がれているのだ。

穏やかな沈黙が流れる。
もう一度視線をコートへ戻そうとして、風に乗って鼻孔を擽った香りに、俺は思わず辺りを見回した。

それは、中庭の端の方にあった。
大きく育った幹や枝。濃い緑の葉と相まって、たくさんのちいさなオレンジの花が鮮やかに咲いている。
きっとその花一つ一つが、仄かな甘さを含む匂いを放っているのだろう。

どこに在ろうとその存在を主張する樹に、幼い頃の記憶が呼び覚まされて、俺はそっと苦笑した。
「宍戸…何思い出し笑いしとるん…」
「キモっ」
今回ばかりはダブルスペアの息の合ったイジメにも寛容に対応して、二人に問いかける。
「なぁ、キンモクセイって誰のイメージ?」
「は?」
「いきなりなんだよ?」
「キンモクセイってさ、跡部みたいだと思うんだよ」

一瞬の沈黙。

「…はぁ?お前それマジで言ってんの?」
ありえねぇー!と叫ぶ岳人。
「跡部っつったら、赤薔薇だろ?赤薔薇!キンモクセイなんてガラかよ」
「いや確かにその通りなんだけど!恐ろしいくらいあいつは赤薔薇が似合うけど、」
「で?何が言いたいん?」
忍足がめんどくさいと言わんばかりの顔で、俺の台詞を遮った。
これだから頭のいい奴といると話がスムーズに進んで良い(半分皮肉だ)。
「初等部に入ったばっかりの頃にな…」
記憶が鮮明に思い出せるように、ゆっくりと目を閉じて、俺は語り始めた。









「おはよぉー」
眠そうなジローの声に気付いて、おれは後ろを振り返った。
「おはよ、ジロー。ってあれ?何持ってんだ?」
ジローの手には一本の枝が握られていた。オレンジ色の小さな花がたくさんたくさんついてて、すごく可愛い。
そしてなんだか、いい匂いもしてくる。
「あのね、きのうばぁちゃんちいったの。そんで、おれが、このはないいにおいだねっていったら、ばぁちゃんががっこうにもっていきなっていってくれたのー」
そう言うなりジローは美香先生(おれたちのクラスの先生だ!)のところへ走っていって、枝を美香先生に差し出した。
「みかせんせ、これー」
「あら、慈郎くん。おはよう。なぁに?あ、金木犀ね!持ってきてくれたの?ありがとう」
「えへへー」
頭を撫でられているジローを横目に、ランドセルから教科書とかを出す。
すると横に誰かが立った。
「あ、景吾。おはよ」
「おはよう。」
幼馴染の景吾が(おれと景吾とジローは幼馴染なのだ)、不思議そうにジローと美香先生の方を見ながら
「あの花、ジローが持ってきたのか?」
と聞いてきた。だからおれは、
「うん。ばぁちゃんちでくれたんだって」
と答えた。
その時ちょうどジローもおれたちの方へ歩いてきて、景吾を見つけるなり嬉しそうに飛びついた。
「けぇご、おはよー!あのね、あのかわいいはな、あ、キンモクセイっていうんだって。あれね、おれがもってきたんだよー!みかせんせにあげたの!」
ジローが言ったら、景吾は目を細めて、
「へぇ…いい匂いだな」
少し美香先生を羨ましそうに見ながら呟いたのだ。
「…」
「…」
おれとジローは顔を見合わせた。そして無言で頷き合う。
間違いない。
景吾はキンモクセイが欲しいのだ!


昼休みになると、おれとジローは、先生と景吾の目を盗んで学校を抜け出した。
景吾とおれたちはいつでも一緒だったから、景吾を仲間外れみたいにしてるのがいやだったけど、今回ばかりは仕方ない。
景吾は真面目だから学校を抜け出すなんてきっと許さないだろうし、なんてったってこれは景吾のためなのだから。
「ジロー、頼んだぞ!」
「まかせて!」
おれたちは先生に後で怒られることを考えてビクビクしながらも、ジローのばあちゃん家へと向かった。
少しばかり長い距離を歩くことになるとしても、おれたちは勝手にそこらの樹の枝を折ってはダメなのだと承知していた。(これも景吾から言われたことなのだけど。)


「え…っと、このおじぞうさんを……みぎ!」
「うわ、見ろよ!ジロ!短いほうの針が3のとこにあるから…もう3時だ」
おれは近くにあった酒屋を覗き込んで、叫んだ。
「いっぱいじかんかかっちゃったねぇ」
「あとどんくらい?」
「このみちをまっすぐ!そしたらばあちゃんち!」
ジローが自慢するようにビシィ!と指した指の反りぐあいを満足げに眺めて、おれは気合を入れなおした。
「よっしゃ、がんばろーぜっ」
「おー!」

やっとのことでジローのばあちゃんちへ着くと、ジローのばあちゃんはびっくりしながらもおれたちを優しく家の中に入れてくれた。
しかもジュースまで出してくれたんだ!
その後、キンモクセイの枝をおれとジローに一本ずつ握らせて、危ないからと車でジローの家まで車で送り届けてくれた。






おれたちは急いで景吾の家へ走った。
太陽はずいぶん傾いて、だいだい色と赤色の中間みたいな色に変わっていた。
はぁはぁと息をして、苦しいのをなんとか抑えて、ジローより少しだけ早く着いたおれがインターフォンを鳴らした。
家政婦さんの声がして、
「景吾くんいますか?」
と聞いてしばらくすると、景吾がぶすーっとした顔をして外に出てきた。
「………」
あ、やっぱり。景吾はすごく怒ってて、そしてさびしそうだった。
おれたちは慌てて背中に隠していたキンモクセイの枝を、景吾の前に差し出した。
「けぇごのために、とってきたんだよ!」
「朝、欲しそうにしてたから…」
目の前に突き出された二本の枝に蒼い目を真ん丸くしてた景吾は、ちょっと呆けたままおれたちの手からそれを受け取って。そして。

そして――。









「ありがとう」







ふんわりと、笑ったんだ。


オレンジ色のキンモクセイの花が、秋の夕日に照らされて。
景吾の髪と同じ、キラキラと輝く蜂蜜色に見えた。







「その姿はまるで、天使のようだった…」
「…っておい!この色ボケ眼鏡!勝手に俺の回想にナレーション入れんじゃねぇよ!!」
「うっさい!俺だって景ちゃんのそんな笑顔が見たいんじゃ!」
「侑士って…ショタ?」
「がっくん…!相方に向かってなんてこと言うねん…」
まぁ景ちゃんに限ってショタもありや、とヤバイ発言をかます相方から目を逸らした岳人が、「あ」と呟いた。
「どうした?」
岳人は俺の質問に答えることはせず、小さな身体を少し反らせるようにして思いっきり息を吸ったかと思うと、おもむろに下へ叫んだ。
「あーとべー!!ジローーッ!!」

噂をすればなんとやら。
ちょうど金木犀の樹の横を通り過ぎて、中庭の通路を歩いている跡部とジローが、びっくりした顔をして屋上を振り仰いだ。
呆れたような跡部の横で、岳人の声に覚醒したジローが楽しそうに手を振っている。


考え方も、身長も、立場も。
風景も、側にいる奴らだって。
結構色んなことが変わってしまったけれど。


秋の夕日に照らされて、跡部の髪の色になった金木犀の花のそばで。
無邪気に笑うジローと、相変わらず小奇麗な顔で偉そうに立ってる跡部の姿が、あの日と重なり合ったから。


「今日も部活、顔出すんだろ?一緒に行こうぜ!そこで待ってろよ、ジローっ!…っ、景吾っ!!」

わけもわからずこみ上げた切なさに負けないよう大きな声で、俺は叫んだ。

「…!?」
言葉を失う跡部(かなり間抜けな顔してるぞ…)。
「!!うん!!待ってるよ、亮ちゃん!」
めちゃくちゃ嬉しそうなジロー。
「宍戸…」
どす黒いオーラを出す忍足(怖!)。
「いいよなぁ、幼馴染って。」
羨ましそうな岳人。

そうだ、ここで終わるわけじゃない。
話し合ったわけじゃないけど、どうせ皆、このまま高等部へ入って、テニス部に籍を置くに違いない。
皆なによりテニスを愛しているし。
皆なんだかんだ言って、俺様跡部のことが大好きだし。
跡部だって、皆のこと大好きだし?

「よっしゃ、行こうぜ!」
三年後こそ、俺たちは。――俺たちで。

全国の頂点に立つ。

「景ちゃんとこに一番に着くのは俺や!」
「あ、滝が跡部たちに合流した。」
「なんやてー!?」
「ナイス、滝!」
「がっくんホンマは俺んこと嫌いやろ」

フェンスから身を離して、澄んだ空にたわいもない言葉を放り出しながら。
俺たちはまた、立て付けの悪い扉と格闘し始める。


フェンスを離れた一瞬後。
跡部がいつもの不適な笑いとかではなく、まさにあの日のように柔らかく微笑んだことに気付かなかった俺たちは、後でその笑顔を目撃した滝に自慢されてなんだか損した気分になった(忍足は損したどころじゃ済まされないくらい凹んでたけどな。激ダサ!)。













俺たちが焦がれるのは、

黄色いボールが映える真っ青な空と、焼けつくような夏の日差しだけど。





皆で穏やかに笑い合える――

そんな秋の空間に身を委ねるのも、


悪くはないんじゃないだろうか。






……こんなこと考えるのも、秋の所為ってことにしておこう。


俺は涼やかな空に向けて、思いっきり伸びをした。

















Fさんがupすれば?と言ったので埋まってたのを引っ張り出してみました。
これ…何年前に書いたやつ?3年前?うわっ、はずかし!
今と文体が違いますね。最初の一文と、句読点はところどころ直しましたが、あとは殆んどそのまま曝す。猛者と呼んでくれ。
跡慈宍の幼馴染ズに夢を見まくってます。幼馴染ズは、それぞれがそれぞれを大好きなんだよ…!
この考えは今でも変わってないです。
3年前の作品でも、忍足は虐げられている;このスタンスも変わりなし、か(おい)(最近男前すぎる忍足もよく妄想してるけど)(つまり忍足ならどんなんでも好き)

時間が無いので、これを宍戸さん誕生日おめでとうSSとさせていただきます。
宍戸さん、ごめん!来年はちゃんと誕生日用の話を書けるよう、頑張ります…

HAPPY BIRTHDAY to RYO SHISHIDO!!!!!

2006.09.29 涼河


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