やってきました遊園地。






お化け屋敷で抱きしめて














「「次はコレね!」」




賑やかな人の波の中、うきうきとチビコンビが指を差す。
その先を見て、はいはい、と苦笑するのは忍足である。

『戦慄 呪いの武家屋敷』

血色の文字もおどろおどろしい看板。
そう、遊園地といえば、

「お化け屋敷かよ…」
「し、宍戸さんは俺が守ります!!」

「へぇ…なかなか良くできてるな、この屋敷」
「ウス」
「日吉にそう言われるなんて、相当手が込んでるんだねぇ」

さほど怖がっている様子でもない宍戸は、どちらかというと「くだらねぇ…」といった感じだ。
その後ろにくっついている鳳は、口では守るとか言っているが、腰が完全に引けている。

日吉は外装を見て感心し、樺地がそれに同意した。
滝は二人の間でニコニコしている。


「えーと、ペアとかになって回る?」

今にも走り出しそうな慈郎と岳人の首根っこを掴みながら、忍足が切り出した。
普段なら、こういう状況のときは跡部が仕切ってくれる。
自由奔放に行動したがる個性派揃いのメンバー達を一箇所に留めておき、皆の納得がいくように纏め上げる。
その手腕の鮮やかさに、忍足は毎回感服するのだが。

(気分でも悪いんか?)

ちらり、と後方を見遣る。
いつもの様に鶴の一声が発せられることは無く、跡部は僅かに離れたところで、静かに目を伏せていた。
忍足は首を傾げつつ、

「そしたら、飴ちゃんの色で決めよか」

と言って、持っていたコンビニ袋からぺ○ちゃんの描かれたパッケージを取り出した。
色違いのものを四種類、二本あるいは三本ずつ抜いて、それを岳人の着ているパーカーのフードに突っ込む。

「ぎゃ!何すんだよ、侑士!?」
「堪忍なぁ、岳人。丁度ええ袋があらへんのや」

さ、どうぞ。と促されて、それぞれが岳人の深いフードに手を入れた。

「それにしても、忍足が飴を持ってるなんて珍しいね」
「しかも、○コちゃんキャンディー!」

滝と、滝の背中に張り付いた慈郎が、もの珍しそうに問うてくる。
二人の手にはオレンジ色のキャンディー。
彼らの隣では、赤色のキャンディーを握り締め、崩れ落ちる大型犬。
その犬にそっと手を差し伸べた樺地は、やはり赤いそれを持っていた。

「あー…ちょっとな」

正直に言えるはずが無い。

景吾がこの間から、ペ○ちゃんキャンディーにハマっててなぁ。

なんて、口を滑らそうものなら、確実に2週間はお触り禁止になる。

「何これ、何味?」
「日吉、舐めてみそ!」
「なんで俺が…岳人先輩が舐めればいいでしょうに」

白色のキャンディーを前に、議論を繰り広げているのは宍戸、岳人、日吉だ。

「レモン?」
「グレープフルーツ??」
「もしや薄荷っ!?」
「「いや薄荷はないだろ(ですよ)」」

薄荷イコールミントだとミントガム好きの宍戸が知ったのは、つい最近のことである。
三人に答えを教えるわけでもなく、忍足は早々に跡部に近づいた。

「はい、景ちゃんはこれ。一番好きなグレープ味。で、俺とペアやで」

跡部は差し出された紫色のキャンディーを受け取り、平坦な声で言う。

「仕組んだろ」
「バレた?」

種明かしは簡単。フードには元々紫のキャンディーは入れていない。グレープ味も入れるフリをして、ばれないように忍足と跡部以外に引かせただけだ。

「調子悪い?」

顔を覗くと、ロイヤルブルーの瞳が一瞬泳いだ。別に、と応える声はやはり硬い。
あるひとつの可能性に気付きながらも、忍足はそれを口には出さないでおいた。

「ほな…滝とジローのペアから。5分おきに出発な」



もしかしてもしかしなくても…“男のロマン”にご対面?








*****

前方から聞えた悲鳴は鳳のものだろうか。
忍足は噴き出しそうになったが、悲鳴が響いた瞬間シャツの裾を掴んできた手に、衝動をぐっと抑えた。
予想は大正解だ。

跡部は、お化け屋敷が、怖い。

「あ」
「っ!?」

忍足の呟きに過剰に反応する跡部。
あまりの可愛さに、忍足の心は打ち震えた。
そして沸き上がるのは。

――もうちょっと虐めてみたい…

忍足侑士。紛れも無い鬼畜人間である。

「凝っとるなぁ〜ほら景吾、上」
「う、うえ?」
「見てみ」
「なんで」
「ええから」

怯える跡部の顎を掴み、無理やり上を向かせる。

「血天井やな」

頭上に夥しい数の手形が広がっていた。どす黒く変色したものから、真新しい血色のものまである。

「あそこの染み、人が倒れた形しとるで」
「わかったから…!」

何がわかったのかわからないが、シャツを握る力は強くなったし、半ば背中に縋り付いているかのように、距離が近い。
それに満足して、忍足は先へと歩を進めた。









がしゃりがしゃりと足音が聞える。
不気味な影が障子を横切る。
床下から手が現れ、足を捕まえる。
落ち武者が追いかけてくる。

跡部はそのひとつひとつに飛び上がらんばかりに驚く。
まるで、猫が大きな音に吃驚しているかのような仕草に、頬が緩んだ。
可愛い。確かに可愛い、が、しかし。
忍足は待っているのだ。
『きゃ!』とかなんとか叫んで、跡部が自ら抱きついてくるのを。

(…さすがに「きゃ!」はありえへんやろ)

それでも、せめて抱きついてはくれないだろうか…
お化け屋敷で好きな人に抱きつかれる。一度は体験してみたい、男のロマンだ。

「ほんと、意地っ張りなんやから」

考えていたことが、つい口をついて出た。
掴まれた裾を伝って、ピクリと跡部が反応したのがわかった。
まずい。そう思ったが、後の祭である。

「誰が意地っ張りだって?」

いい加減、忍足も煮詰まっていた。今か今かと待ち望んでいた男のロマンを先延ばしにされて、ちょっと虫の居所が悪い。
それに、こうも意地を張られると、壁を作られているような気がしてしまう。
大人気ないと自覚していたが、その衝動を止めるのは無理だった。
他でも無い、跡部に対する感情を、コントロールする術を忍足は知らない。

「お前以外に誰がおるん」

苛立ちを滲ませた、低い声が出る。
こんなに素直に自分を曝け出し、本当の感情をぶつけられるのは。
跡部景吾という人間にだけだ。
頼ってほしい。
甘えてほしい。

こちらがそうしているのだから、その感情のままを、見せてほしい。

「俺は別に、意地を張ってなんかいない」
「――あァ、さよか」

大人気なくても構いはしない。
コントロールしようとも思わない。
なぜなら、この、身体中を駆け巡る熱い烈情こそが、跡部を愛しているという証なのだから。
後悔するかもしれない、頭の隅で警鐘が鳴ったけれど。
込み上げる熱に逆らわず、忍足は、裾にある跡部の手を振り払った。

「それなら、ここからは別行動や」
「っ、」
「怖くないんやろ?やったら一人で行き」

目の前の顔がさっと強張る。
それを気にも留めず、背を向けて足を進める。
後を付いて来る気配は、無い。
がたりと背後で大きな音がした。それから、何かがぶつかる音。
そして。

「侑士……ッ!!」

泣き出しそうな、愛しい人の声。

忍足は迷わずふり返った。

「景吾!」

しゃがみ込んだ跡部の背中に、女の幽霊が圧し掛かっている。
天井から落ちてきたらしいその人形は、細い糸に操られて、ゆっくりと頭上の闇へ消えていった。
忍足は跡部の前に膝をつき、そっと肩に手を置いた。
背中の重みが失せても、跡部はしゃがんだまま、俯いて微かに震えている。

「景吾、」
「どうしても駄目なんだよ…西洋の幽霊は全然平気だけど、日本の幽霊とか妖怪だけは…グロテスクで」
「うん」
「今も、すごく、こ、怖くて…っ」
「……」

正直に話すのが悔しいのか、跡部が己の形良い唇を噛んだ。

「笑いたきゃ笑え」

ああ、やっぱり後悔してしまった。

「景吾、堪忍な」

けれど、嬉しくてしかたない。

名前を呼んでくれた。
素直に、幽霊が怖いのだと吐露してくれた。
あの、意地っ張りの跡部が、だ。
半ば強引に、自分がそうさせたのだけど。

忍足は跡部を思い切り抱き締めた。

「泣かせてもうた。すまん」
「泣いてねぇよ!」
「うん…おおきに」
「?」

何故礼を言われたのかわからない跡部は、首を傾げる。
その後頭部の髪を優しく梳いて、

「いじわるしたお詫びに、何でもしたる」

と耳元に囁いた。
すると、白い腕が忍足の首に絡みつき、抱き返してきた。

「何でも、か?」
「うん、何でも。そやなぁ――出口まで、抱っこして連れてったろか?」

冗談めかして告げた提案。
それは、意外にも跡部のお眼鏡にかなったようだ。
きゅ、と抱きつく力を強めて、跡部が確かに頷いた。

「ちゃんと連れて行けよ」

跡部の言葉を得て、忍足は恋人を颯爽と抱き上げる。
間近にある秀でた額に口付けて、にっこりと笑ってみせた。

「俺が守ったるし、もう怖くないで」
「おおげさな奴…」






それから出口の光が見えるまで、跡部はしかと忍足にしがみ付いていた。
忍足と跡部の身長は大差ない。体重もそう変わらない。
重くないわけがないのに、忍足の顔は最後まで涼しげで、ふらつくことも一度たりとて無かった。
その頼もしさに跡部が見惚れていた、という真実は。
なんとしてでも跡部を抱いて出口まで辿り着く、という使命に駆られていた忍足には、与り知らぬ処である。













〜おまけ〜

滝:「おかえり、跡部、忍足」
慈郎:「おかえり〜」
岳人:「あれ、跡部顔赤くない?」
跡部:「んなことねぇよ!!」
岳人:「な、何怒ってんだよー!?」
宍戸:「そんなことより!お前ら、長太郎見なかったか?」
忍足:「は?見てへんけど…」
日吉:「樺地が、中ではぐれてしまったらしいんです」
忍足:「あ〜あのごっついデカイ悲鳴あげてたとき?」
樺地:「ウス…すごい勢いで…走っていってしまいました…」
全員:「……………」
宍戸:「…はぁ…もっかい入って、探すしかねぇな」
滝:「そうだね」
跡部:「(マジかよ!?)」
忍足:「ほんなら、行き違いになるかもしれへんし、誰かここで待っとった方がええな。跡部、待機役、任せてもええ?(大丈夫、お前は俺が守るで…!)」
跡部:「おう…(侑士…)(どきん☆)」



結局、長太郎は幽霊さんたち(バイト)に保護されて彼らの控え室にいました。





















さ、お嬢さん、思う存分砂を吐きなさい。私がこの手で受け止めるから…!(黙れ)

たいっっっっっっへん!長らくお待たせ致しました!!
2222ヒットキリリク、yuki様より「忍足にお姫様だっこをおねだりする跡部様」。でございます。
うちの跡部さんも、大概素直じゃないので、なかなかおねだりしてくれなくて困りました(笑)
うん、ていうか、ちゃんとおねだりできてないけど…!
すみませんすみません!!
随分お待たせしたくせに、リク内容も満足にクリアできないのかお前はー!
どっせーい!(バチコーン)(張り手)
乙女な跡部大好きなのに、こんなに素敵なリクを貰ったのに…くっ

yuki様、こんなしょっぱい駄文でよろしければ、お納めくださいませ!
本当にありがとうございましたァァァ!!!

2006.09. 涼河弥空

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