忍足クンと跡部クンの日常。A


付き合ってるわけでも無いのに、イチャイチャバカップル全開なオーラを出す二人(本人たち自覚なし・あくまでお互い友人と思ってたりする)と、そんな彼らに悶絶したり肩入れしたりしちゃってる氷帝学園の生徒さんたちの、闘いと萌えの日々。なお話。





「それでは、24ページの2行目から。明子と海軍将校、地の文に分けて朗読してもらいましょう」

国語の時間。朗読というものは得てして生徒に厭われるものである。
それが評論文ならまだしも、物語、しかも台詞が入っていたりすると、タチが悪い。
なんだか知らないが、台詞を読むのはやたら恥ずかしい。
嗚呼それなのに――
3Aの国語を受け持つ教師は、わざわざ役を充てた上、それなりに感情を込めて読まないと、やり直しを命じるのだ。
小学生じゃあるまいし、この歳になってなんでそんなこと…とは、思いはすれど、主張できる度胸はない。

教師の視線が教室を巡る。
皆さっと目を逸らし、教科書の文字を頑なに見つめる。

「そうねぇ…それじゃ、地の文を、成瀬くん。明子を跡部くん」

自分が選ばれなかった事への安堵。
選ばれてしまった者への同情。
そして、根拠もなく過ぎった不安―それは、彼らがこのクラスで、自然磨いた勘と言えよう―。
それら全てをひっくるめて、生徒達はそっと顔を上げた。

「海軍将校は、忍足くん。この3人にお願いしましょう」


不安は的中した。
3Aは、忍足と跡部に関する電波っぽいものを、敏感にキャッチできるようになっていた。



「では、どうぞ」

立ち上がった三名に、教師が促す。







「『西洋の女の方はほんとうにお美しゅうございますこと。』」

跡部の声が美しく、それでいてどこか責め立てるように、空気に染み渡る。
踊りを申し込んできた海軍将校の、己への好意がどれほどのものか。
それを確かめたくて、明子が発した言葉である。
教師が教壇の上で、満足気に頷いた。

「《海軍将校はこの言葉を聞くと、思いのほかまじめに首を振った。》」

成瀬はいささか緊張しているものの、淀みなく地の文を読み上げた。
クラスメイトは、彼に拍手喝采を心の中で送る。
ただでさえ嫌な国語の時間の朗読。
加えて、メンバーが忍足と跡部、ときている。
しかも、しかもだ。

「『日本の女の方も美しいです。殊にあなたなぞは――。』」

「『そんなことはございませんわ。』」

「『いえ、お世辞などではありません。そのまますぐにパリの舞踏会へも出られます。
そうしたらみんなが驚くでしょう。ワットーの絵の中のお姫様のようですから。』」

ヒィィ、と声無き悲鳴がそこかしこで上がる。
先生よ、何故あなたはよりにもよって、明子に跡部を、将校に忍足を選んだのですか。

明子の美しさにすっかり心を奪われ、熱の篭った甘い台詞を紡ぐフランスの将校。
すげなく返事をしつつも、うっとりと将校を見上げる明子。

忍足と跡部の朗読は完璧だった。
二人は紛れもなく、海軍将校と明子だった。
3Aの教室が、一瞬にして鹿鳴館のホールへと姿を変えた。
生徒たちの頭の中では、軍服を隙無く着こなす忍足と、華やかなドレスを優雅に纏う跡部が見詰め合っている。



楽隊の奏でるワルツまで聞えてきた気がした。
後に趣味は精神統一・書道部の長谷川が部員にそう語ったらしい。
だが実際は、この時間に榊の授業でワルツの鑑賞をしており。
その音が風にのって3Aまで届き、のっぴきならない雰囲気に色を添えた、というのがオチである。




さて、 そのような異常事態の只中にあって、ナレーション担当・成瀬は、つっかえもせずすらすらと文字を追っているのだ。
忍足と跡部による、龍之介ワールドへの強制ご招待にもひるまずに。
いくつもの目が、尊敬の色を湛えて成瀬を注視していた。




読み終わって暫くしても、教師は無言で目を閉じたままだった。

「先生?」

訝しんで忍足が問う。
彼女ははっと顔を上げ、照れたようにはにかんでみせた。

「素晴らしい。なんだか、初めてこの物語を読んだ時の感動を思い出したわ」





チャイムが鳴り、教師が教室を出て行った後で、BL読者天野はほくそ笑む。

「ふふ…先生も堕ちたみたいね…」






嗚呼哀れ。
こうして真面目な公務員すらも、忍足と跡部に心を奪われた子羊となってしまったのであった。











作中の物語は、芥川龍之介の『舞踏会』。
ニヒリスト・成瀬はこれくらいなら動じない。
BL読者・天野の忍跡好きも健在。
書道部・長谷川(♂)参入。
精神強靭(いつも精神統一してるから)な輩ですら、鹿鳴館の幻を見てしまうほど、忍跡の威力は凄いんだぜ。
ということを伝えたかった。

おもんくないけどupしてしまう自分に、今猛烈に凹んでます笑。


2006.07.21 涼河

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