氷帝学園の新館と本館は、ちょうど鏡合わせのように造られている。
本館からは新館の教室内の生徒がよく見え、また、新館からも本館の授業の様子が簡単に窺えた。
中庭を挟んでいるが、二つの建物の間を遮るような大木は植えられていない。
驚くほどクリアーに見える、向こう側の世界。けれど、こちら側とはどこか違う空気の対岸。

そして。
3年5組、出席番号3番の忍足と。
3年6組、出席番号3番の跡部は。
窓側の机、前から3番目のその席で、今日も鏡合わせに座っている。








★ ROUND16:愛しのストロベリー ★





「あれ?」

ぱかりと開けたペンケースの中にそれを発見して、跡部は思わず呟いた。
朝のSHRが終わった直後のことである。
シンプルな筆記用具たちの中、浮いた存在のシャープペンシル。
鮮やかなピンク色のそれには、見覚えがあった。
友人である向日岳人の持ち物だ。

(朝勉強見てやったとき、紛れ込んだんだな)

そっと持ち上げて眺める。
クリップに可愛らしくイチゴがついている賑やかなシャープペンシルは、あの天真爛漫な少女にぴったりだ、と思った。

「……」

「けーいー」

呼ばれて振り返ると、当の岳人が教室に入ってくるところだった。

「あ!そのシャーペン!景のところにあったんだ」

岳人はパッと表情を明るくして、跡部の元に小走りに駆け寄る。

「間違えて入れちまったみたいだ。悪かったな」

「ううん!良かったー今探してたんだよ。これ、お気に入りでさぁ」

少女は、受け取ったお気に入りを、胸元で大事そうに握った。
小柄な彼女がそのような仕草をすると、人の目にはとても愛らしく映る。
岳人に微笑む一方で、胸に靄が広がるような感覚に、跡部は内心眉を寄せる。
その瞬間。ブレザーのポケットから振動が生まれて、思わずビクリと肩を震わせてしまった。

「!電話ぁ?」
「いまの動き、面白かったぞー景」
「うるせぇ!」

基本的に、校内で携帯電話を使うことは禁止されている(通話に限って。メールはもはや黙認されている)が、重要な役職に就いている者は特別に許可されているのだ。
なんせ、氷帝の敷地は広い。もしも万が一委員会などで急用ができた場合、携帯がないと困った事態になる。
女子テニス部部長である跡部は、携帯を取り出してディスプレイを確認した。

"着信 忍足侑士"

急速に心臓へと、血液が集まってきたような気がした。

窓の外に目をやる。
ちょうど真向かい、3年6組の窓側・前から3番目の席で、忍足が右手で携帯を耳にあて、左手を振っている。

「あ!ゆうしだっ!」

岳人が嬉しそうに手を振り返す。
それを見て、忍足はおかしそうに笑う。
跡部はぼんやりとその様子を眺めながら、通話ボタンを押した。

「……」
『もしもし?』

左耳から、忍足の低い声が伝わってくる。

「なんの用だ」
『…なんや、跡部、怒っとんの?』
「怒ってない」
『いんや、なんや苛々した声…あ、もしかして生理とか』
「死ね。切るぞ」
『わー!すまんすまん!!冗談やて』

睨みつければ、20m先で謝るジェスチャーをする男。
少し溜飲が下がったので、跡部は続きを促してやった。

『日曜のデートのお誘い、て言うたら、今度こそ切る?』
「お前の番号着信拒否にしてやる」
『つれないなぁ』

忍び笑いも一緒に聞えてきたが、今度は向こう側を見ることはしなかった。

「で?」
『今日の合同ミーティング、教室変更になったで』
「どこだ?」
『視聴覚室。監督がビデオ見せたいらしい』
「ふぅん…わかった。女子には連絡回す」
『よろしゅうな』

会話を打ち切る雰囲気が漂った。
ほとんど無意識に、吸い寄せられるように目を動かす。

忍足が真面目な顔をして、跡部を見つめていた。
しばし視線が交差する。

跡部の左手の携帯からは何も聞えてこない。
忍足の右手の携帯も、彼に無音を伝えているだろう。跡部はことさら息を潜めた。

「景!」
「っ、何」
「俺にも話させて」

視線の呪縛を解いたのは、岳人の弾んだ声だった。
跡部は繋がったままの携帯を岳人に渡し、席を立つ。
タイミング良く教室に戻ってきた宍戸に、ミーティングの教室変更を教えるためだ。

(部活の連絡くらいでしか電話してこねぇくせに、本当に俺のことが好きだなんて言えんのかよ)

「あははは!侑士ってば面白ぇ〜」

(……岳人と違って、俺はお前のくだらねぇ冗談に笑ってやる暇は無ぇんだ!)

「亮っ」
「はいぃ!?」

宍戸は鋭く名を呼ばれて、つい敬語で返事をしてしまった。

「今日のミーティング、視聴覚室に変更」
「景、なんか怒ってる?」



どいつもこいつも!



「だから、怒ってねぇっつってんだろ!」


足音も荒く教室を出て行く跡部を、宍戸は唖然と見送った。





「もう授業始まるぞ…?」








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