(本当に、可愛気がねぇよな)

自己嫌悪に陥る、日曜の午後。











脚の長い椅子に腰掛け、つま先を小さく揺らす。
南と跡部が入ったコーヒーショップは、人もそこそこでゆったりとした雰囲気が流れていた。
跡部はお決まりのカフェラテを注文して、通りの見えるテーブルで南を待つ。

付き合っている二人が休日に会わないとなると、当然忍足に疑われるだろう、ということで、南と跡部はお互い部活の無い休日に会っている。
と言っても、無理をしているわけではない。
話も合うし、一緒にいて気分が良い。二人とも、この擬似恋愛が楽しくて仕方ないのだ。
それは恋人同士というより、親友のような空気に近いけれど。


「おいしいー」

隣の席から可愛らしい声がしたので、跡部は何気なくそちらを見遣った。
同い年くらいの少女が、新商品のストロベリーフラペチーノを手に、にっこりと笑っている。
その向かいで、やはり同い年ほどの少年も笑う。少女が可愛くて仕方ない、とでも言うように、頬をうっすら赤く染めて。
肩に触れるストレートヘアに、流行のカチューシャ。レースたっぷりのキャミソール、ふわりとした白いスカート。
そして小さな手の中の、甘い匂いを香らせる、ピンク色のフラペチーノ。


嗚呼、なんて女の子らしいのだろう。


それに比べて自分はどうだ?
ばっさり切ったショートヘア。シンプルなTシャツとジーンズ。
いつもの飾り気皆無なカフェラテとくれば、これはあまりにも、

(女っぽくねぇ…)

別に無理して可愛らしいフワフワ・キラキラの服を着ようなどと思わないが。
性に合わないし、似合わないに決まっている。
ピンク色のものだって、筆記用具でさえ持っていない。
それで構わないと跡部自身は思っているけれど。


忍足は、どう思うだろうか?



不意に、ピンク色のシャーペンを大事そうに握る、岳人の姿を思い出した。
忍足だって、女の子らしい岳人を可愛いと思うに違いない――

(って、なんでここで忍足が出てくるんだよ!?)

「景」

はっと現実に立ち返って顔を上げれば、南がきょとんとした表情で顔を覗きこんできた。

「どうした?」

目の前の椅子に座る動作が様になる。
すらりとした長い脚の南に、この店の椅子はよく似合っていた。
ガラス窓を背に微笑む少年。大人びているくせに、笑う目元が子供のようで……適わない。

跡部は観念して、考えていることを口にした。

「健太郎も、ピンクが似合うような可愛い子が好きだよな…?」

南の目が軽く見開かれる。それから彼はまた、優しく笑った。

「そりゃ、一般的にピンクが好きな子は女の子らしくて可愛いとか言われてたりするけど。
青が似合う可愛い女の子だっているし…言い方は悪くなるかもしれないけど、ピンクが似合うからって、可愛いとは限らないよ」
「…可愛い顔してるから、ピンクが似合うんだろ」

跡部の言葉に、南の眉が少し下がる。

「顔が可愛くたって性格が最悪だったら、俺は嫌だってこと。中身が大事」

今言ったのと矛盾するかもしれないけど、と前置きして、南が頬杖をつく。
じっと跡部の眼を見て、

「本人に一番似合う色のものを身につければ、誰だって魅力的な女の子になると思わないか?」
「一番似合う色」
「そう。肌の色とか、目の色とか、そういうのも関係してくるけど。
性格からっつーか内側から滲み出るものが、その人の一番似合う色ってのを決めてるような気がするんだ」

跡部はそっと手元のカップに視線を落とした。自分に一番似合う色?そんなこと、考えたことが無い。

「ピンクが本当に似合ってる子なんて、すごく少ないと思う。“女の子だから”って部分で、大抵の子は似合ってるように見えるけどな。“似合う”と、“一番似合う”って、全然違うだろ?」

確かに、意味合いは随分と違ってくる。

「…うん」
「えーと、何が言いたいのかわかんなくなってきた…つまりな、」
「うん」
「自分らしくいることに自信を持っていいんだよ、景」
「ん、」
「もし景が、ピンクが似合わなくて、自分は可愛くないんだって気にしてるんだったら…悩む必要は無いってこと。
人にはそれぞれ違う魅力があって、その魅力によって似合う色も違って、女の子の場合、ピンクが似合って可愛いだけが全てじゃないと思う。――まぁ、景は充分可愛いところがあるけどな」
「うん……え?」

ばっと顔を上げる。南は、相変らず優しく笑っている。
跡部と目があって、少年がますます破顔した。

「そうやって、自分は可愛くないなーって悩んでるのが可愛いよ。もちろん、いつもの強気の景も、かっこよくて俺は好きだけど!」

ごめん、何の解決にもならなかったかな。
そう言って頬を掻く南。跡部は耐え切れず突っ伏した。

「おっまえ…天然で言ってるんだよな…?」
「?何が?」

やっぱり、天然らしい。
天然でこんなにかっこいいだなんて、本気で参る。

「健太郎」
「うん?」


(どうして俺は、健太郎のことを好きにならなかったのだろう)


一緒にいて楽しくて、安心して。優しい笑顔に元気付けてもらって。


「ありがと、な」



(健太郎が、本当の恋人だったら良かったのに)


そうだったら、きっと、とても幸せになれた気がする。

けれど、それは無理な話だ。

この先、もしも跡部が南のことを好きになっても、南には――

(………あれ?)

何か、大事なことを忘れている気がする。

南に関する、とても大事な何か…







あっ、と、跡部が小さく叫んだ。南はエスプレッソを一口含んで、首を傾げる。
みるみる血の気が失せていく美しい顔。

「けんたろう」

ぎこちなく名を呼ばれて、少年の喉がごくりと音を立てた。

「今更、なんだけど…さ」



健太郎、好きな娘いたりする?





瞬間、南は凍りついた。
眼前では、焦ったように彼の想い人がまくしたてている。

「もう、ほんと今更かよって感じだけど、俺そこんとこ聞きもしないで、強引にお前にこんなこと頼んじまったし…もしお前に好きな娘がいたら、俺といるのうっかり見られちゃマズイだろ!?誤解されちまう!なぁ、どうなんだよ健太郎」


知らないということは、とても残酷だ。
でもそれは、己が望んだ現実。
隠し通そうと決心した。まだ幼い夏の日に。
実るはずのない、この恋情を知られるのが怖かった。
傷つくのが嫌で、そっと胸の奥に仕舞い込んでしまった。

だから、今のこの痛みは、臆病な自身への罰。

跡部に悟らせてはならない。
彼女が自分に求めているものは?
聞きたい台詞は?見たい表情は?


(笑え、俺)


テーブルの下で握った拳が、無様に震えているような気がした。



「大丈夫、好きな人なんて、いないよ」









ごめん。君が好きなんだ。











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一年と一ヶ月ぶりの更新ですLF(死滅)。
色々とニブチンな景ちゃんと、秘めし恋な健太郎さん。
途中で南に何を言わせたいのか判らなくなってしまった…ごめん南。
ストロベリー(色)にちょっぴり憧れる乙女景吾。
そんな景吾、お前がストロベリーじゃあ!かわいいんじゃあ!(でも自分の文じゃちっとも可愛くならなかった凹)
<※蛇足・・・イチゴは愛の女神の象徴らしい。か、かわゆ!>

波乱の種をまきつつ、次回へ続く!

2006.08.31 涼河