初めて知る礼拝堂の内観。 僅かなベンチと小さな祭壇、その奥の十字架。 天井のステンドグラスから、日の光が惜しみなく降り注いで。 鳳長太郎は、息を呑み、胸のクロスを握り締めた。 Angel 2 中央を通る路の先、祭壇の目の前に、人が佇んでいる。 ステンドグラスで色づいた光が、万華鏡のように溢れ。その中心に立つ人物を、鳳はよく知っていた。 こちらからは制服の後姿しか見えないが、まず間違いない。 あれほど美しい天然の亜麻糸の髪など、氷帝学園には唯一人しか居ないし、世界中を捜してもそうお目にかかれるものでは無いと鳳は思っている。 (跡部さん――だよな) 先輩の名を胸中で呼んだその刹那。 バサッ 鳥の羽ばたく音がした。 「!?」 礼拝堂から響いたそれの大きさに耳を疑う。 当然、小さな建物の中に、巨大な鳥など飛んではいない。 視線を巡らせずともわかりきったことだ。 一体何なのだ、と思う間もなく、跡部の背中で何かがひらめくのを、鳳は確かに見た。 不確かだった輪郭はみるみるうちに形を成し、色を産んで顕わになっていく。 我が目を疑いながらも、その美しさに呼吸さえ忘れて見入る。 惹きこまれてしまう。 抗えない力。 全てを捕らえるまばゆい引力。その正体。 バサァッ―― 今一度、大きな羽音がした。 跡部の背中に生えた、純白のものの躍動に合わせて。 「っな…!!」 思わず声を上げて後ずさった拍子に、扉がギィと寂びれた音を立てた。 その音にさえ驚いて、遅れてやってきた手の甲の痛みに、己の手が扉を押し開いたのだと鳳は悟る。 まともに思考回路が働かない。 ステンドグラスの彩虹を映してなお、純白の。 あれは何だろうか。 そう、もちろん見たことはある。 翼だ。 鳥が空を飛ぶための『腕』。 人間が失った風切りの術。 鳥ならば必ず持ち得、人間ならば決して持ち得ぬもの。 だが、鳳は知っていた。 ただひとつの例外を。 人間の姿を有し、尚且つ、翼を持つ存在。 美しい容姿の背に、純白の翼を負い、神の意思をひとに伝える―― 「長太郎?」 名を呼ばれ、鳳は我に返った。 跡部がこちらを見ている。その表情はいつもと変わらない悠然としたもので、しかし彼の背中には、相変わらず見事な翼があるのだから、鳳をますます混乱させる。 これは夢なのだろうか? 夢ならば、目を覚ますにはなんて惜しい美しさ。 夢に違いない。そう思いながらも、どこかで確信めいた声が囁く。 これは確かにわたしたちが在る世界 これは確かに「あなた」が在った世界 知らず、鳳の口から言葉が漏れた。 「―――天使」 神が全知全能と 嘯いたのは誰であろう next→3 <contents‖ story> |