★ ROUND12:戸惑いの天使 ★




今朝も当然のごとく男子テニス部の朝練を抜け出して、忍足は女子テニス部のコートに侵入した。
目ざとく彼の姿を見つけた部員たちが、きゃぁ!と黄色い声を上げるのにしぃーとジェスチャーで返して、
忍足は悠々と女子レギュラーのコートへ進む。
その背後では、忍足に流し目を送られた哀れな子羊たちが、あまりの陶酔で失神しかけていた。

「おはようさん、跡部v」

お目当ての人物を見つけた忍足は、そっと背後からその腰を抱きしめて、耳元で囁いた。

(うんうん、今日もやーらかくて細くてええ匂いやな〜v)

直後、

「ぐふぅ…っ!な、ナイス肘鉄…」

鳩尾あたりを押さえて蹲った男に、氷のような視線が突き刺さる。

「忍足ィ…勝手に俺様に触んじゃねぇっていっつも言ってるよなぁ、アーン?」
「そやかて、ジローやっていつも急に抱きついとるやん」
「ジローはいいんだよ」
「なんでやねん!?」
「お前は触り方がいちいちエロいんだよ!!」

痛みから復活した忍足は、優雅な動作で立ち上がると、長く綺麗な指で眼鏡を押し上げた。
そして、その奥の漆黒の瞳で、じっと跡部のブルーグレイを捕らえる。

「惚れてる女に下心もなく触るなんてできひんよ。そこまで俺は、紳士やない」
「な…」
「…昨日。カレシにどこまで許したん…?抱きしめられた?キスされた?
 それとも…――そう考えるとな、嫉妬で気が狂ってしまいそうになるんや」

ゆらゆらと揺れる目。切なげな表情。
信じてしまいそうになって、慌てて跡部は瞳に力を込めた。
騙されるな…こいつは本気の本気で言ってるんじゃない。
俺をからかって楽しんでるんだ。
タラシだから誰にでもこんなことを言ってるに違いない。

「なんだよ侑士、また来たのか?」

第三者の声にハッとして二人が振り返る。

「岳人…」
「ムッサイ男ども見てるより、華やかな女の子たち眺めてる方が楽しいやんv」
「うっわ、侑士キモ!ヘンタイくさい!」
「なんやてぇ〜」

忍足がふざけて岳人にヘッドロックをかける。もちろん力なんて込めてない。

「なにすんだバカ侑士!髪が乱れるだろ!?」

口では非難しながらも、笑っている岳人。


二人は本当に仲が良さそうだ。
忍足が、あんなに楽しそうに、そして、優しく笑っているのを、岳人以外の前で見たことがない。
基本的に女の子には優しい忍足だが、微笑んでいてもどこか壁を感じるのだ。
話していても、実体が掴めない――そんな感覚を彼は感じさせる。
それがわかっていて皆忍足に話しかける。少しでも壁を薄くしてもらおうと必死なのだ。
学年が下の子たちは、恐れ多くて話しかけたりなどできないみたいだけれど。

その忍足が、岳人の前だけは素に戻って、“本当の忍足”で話をする。
これは、忍足が本当に好きなのは岳人だという証拠にはならないだろうか?
多分、忍足自身も気付いてなくて…
もしも、もしも忍足がからかいのキモチ無しで、跡部を好きだと言ってるとしても、
それはただの勘違いなのではないだろうか―――



ツキリと痛んだ胸からも、二人からも、跡部は視線をそらした。

岳人と共に来たのだろう。いつのまにか側に居た宍戸が…宍戸だけが跡部の小さな変化に気付いて、跡部を心配そうに見つめていた。

「跡部…」
「…遅かったじゃねぇか、宍戸。どうだ?ちょっとラリーでもしねぇか?」

すっかりいつもの雰囲気を纏った跡部に苦笑する。

「朝なんだから少しは手加減しろよ?」
「するかよ、バカ」


いつかは誰かがこの平行線を乱さなければ――そうするのが当事者である忍足か跡部であればいい。
宍戸は心の奥で静かに呟いた。





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少し核心に近づいてみたり。
いい加減にしないと読んでくださってる方に怒られそうなので…(笑)

2005.04.09 涼河