「景ちゃん?」


馴れ馴れしくそう呼んできたオレンジ頭の名前を、跡部は記憶の片隅から引っ張り出した。


「…センゴク、キヨスミ。」





★ ROUND19:やわらかな雨 ★





名前の次に、喫茶店で水をぶっかけたことを思い出した。
要は、目の前の人物は「気に食わないヤツ」である。
よりによってこんな時に…と思った。

「どうしたの?!」

驚いた様子で近づいてきた千石は、うつむいた跡部の顔をのぞきこもうとした。
跡部はいっそううつむき、感情が声に出ないように気をつけながら答えた。

「別に…」

「別にも何もないよ!びしょ濡れじゃん!」

「………」

何も答えない跡部に千石は一瞬とまどったが、会話を進めた。

「部室に新しいタオルあるから。こっち。」

「………いい」

「…よくないって。ほら。」

千石は跡部の腕を掴み、ぐいとひっぱって部室へ向かった。
跡部はひっぱられるまま、後についていった。








「はい、タオル。」

「……」

差し出されたタオルを、跡部は黙って受け取った。

「で、これ、ジャージ。まだ着てないから。」

「……」

「そのままだと風邪ひくから、ね?」

跡部はこくり、とうなずいた。
今口を開いたら涙が出てしまいそうで、うなずくだけで精一杯だった。
こんなヤツに涙を見せるなんてごめんだと思った。
千石は「外にいるから」と言って部室を出て行った。
タオルは、少しだけ太陽の匂いがした。








「おっ、着替え終わった?」

部室を出ると、千石がケータイをいじりながら待っていた。
ケータイから跡部へ視線を移したその瞳は、跡部が幼かった頃に大好きだった色鉛筆の色と似ていた。

「じゃー…とりあえず教室いこっか。」

「………」

なんでこんなことになっているのか、今の発言にどう返したらいいのか、跡部は混乱した。
千石は、返答のない会話に慣れたのか勝手に会話を続けた。
すでに足は教室にむかっている。

「南は委員会の仕事中なんだ。」

「……」

「さっき『景ちゃん来てるよ』ってメールしといたけど…南のことだから気づくの委員会終わってからだと思うよ。」

「……」

「だから南が迎えにくるまで教室にいればいいよ。」

千石は、後ろを歩く跡部のほうを振り返り、「ね?」とにっこり笑った。








「紅茶でいい?」

そう言って差し出されたミルクティーの缶は、なまぬるかった。
千石は跡部の隣の席に座り、「雨、やまないねぇ。」と独り言をいいながら窓の外を眺めている。
目の前にいる「センゴクキヨスミ」は、第一印象とは全く違う人物に見える。
前回はしつこく色々訊いてきて、ウザいことこの上なかった。
が、今は静かに外を眺めて、ただただ一緒に南を待ってくれている。
濡れてしまった制服のかわりのジャージも貸してくれた。
なかなか、「センゴクキヨスミ」は気遣いもできる人物らしい。
混乱がおさまってきた跡部は、そんなことを思った。





何分たっただろうか、千石は跡部の方を見るなり笑った。

「はは。」

「……何だ。」

突然笑われた跡部は少し不機嫌な顔をして訊いた。
その様子を見て千石が言いづらそうに、でも笑いをこらえながら答えた。

「や、ごめん、景ちゃんさぁ、山吹のジャージ…その……似合わない」

「…!テメェの学校のがダサすぎんだよ。」

「っはは!確かに!」

そう言うと千石は跡部のほうを向き、安心したような顔をして言った。

「やっとなんか喋ってくれた。」

「な…」

そういえば校門で会ってからまともに口をきいていなかったことに跡部は気づいた。
理由は二つで、一つは他人と話したら泣いてしまうかもしれなかったから。
もう一つはセンゴクが話したくない人物であったからだ。
一つ目はともかく、二つ目の理由は無くなってしまったかもしれない。
跡部の中で、センゴクキヨスミはそれほど嫌な人物ではなくなっていた。
それよりもむしろ…いや、それは邪推かもしれない。





またしばらく沈黙が続いた後、千石がゆっくりと話しはじめた。



「何があったか知らないけど、ま〜…」



千石は数秒おいて続けた。



「なんていうか」



言葉を選んで言っているのだろう。



「元気出せとは言わないけど、」



また千石は口を閉じ、続きの言葉を考えているようだった。

「ん〜…上手く言えないなぁ。何ていったらいいんだろ。」

そう言うと千石は気まずそうに苦笑いした。
千石がなんと言ったらいいのかわからなかったのは、跡部を気遣っているからこそであるのが、跡部にもわかった。

「うん、ありがと。」

跡部が「ありがとう」と言ったのが以外だったのか、千石は少し驚いた顔をした。
千石がどう返したらいいか迷っているうちに、先に跡部が口を開いた。





「雨、止まないな。」





「うん。」





霧雨は止みそうになかったが、静かで、穏やかな時間が過ぎていった。



むしろ、その雨さえも心地よかった。





やわらかな、雨。






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あとがき

涼河に「『ときめき☆せんべ大作戦』頑張る!」とか言っちゃったわりにアレですな…
(私自身覚えてませんがメモにそう書いてあったので言っちゃったみたいです??)
次があったらちゃんと大作戦したいなぁ。。。(後悔さきにたたず)

08.01.24 裏方F(もしくは単なる「F」)