★ ROUND2:地上の天使は笑顔で嘘をつく ★


駅前の像に凭れ掛かって、忍足は時計を見た。
午前9時45分。

「よし・・・ばっちりや」

あれで意外と几帳面な跡部は、たいてい待ち合わせ時間の10分前に来る。
もちろん岳人や宍戸がそんな早く来るわけもなく(鳳は別だが、今日は宍戸がいるからおそらく時間ぴったりに一緒に来るだろう)、忍足はあわよくば跡部と二 人きりでデートに持ち込もうと考えていた。

跡部に彼氏なんているはずがない。彼女は、週末はいつも家で犬と戯れるか、女テニの面々と会うくらいなのだ。(なんでそんな事知ってるんですか?と訊く鳳 に、毎週こっそり眺めに行ってるんやと答えたら、ストーカーですよそれと言われた。失礼な。純情な少年の淡い恋心を理解できないのか。)
彼女は一人で10分前に自分の前に現れる。そして悔しそうに頬を染めて言うのだ。


「悪かったな・・・どうせ俺に彼氏なんてできねぇよ!」





(・・・!!うわ、めっちゃかわええ〜!俺が彼氏になったるでぇ、景ちゃん)





一人トリップする忍足は、内心とは裏腹に涼しげな表情で、像の前を通る女性たちの熱い視線を集めていた。


午前9時49分。
駅から、恐ろしく人目を惹く少女が姿を見せた。
光を受けてキラキラと輝く蜂蜜色の髪。カラーコンタクトでは決して真似出来ないブルーグレーの美しい瞳。その右目の下にある色香を放つ泣き黒子。透き通る ような白い肌、すらりとした体の線。黒いジャケットに赤いチェックのプリーツミニスカート、モデルばりに長い脚にはブーツを履いている。

歩行者だけでなく、信号待ちで止まっていた車の運転手たちまでもが、彼女の姿に釘付けになっていた。
その少女が、自分にひたりと視線を合わせて、まっすぐ向かってくる。
周りに連れらしき人物は―――見当たらない。
忍足は自分の予想が当たっていた喜びと安堵感、そして跡部の美しさに胸を高鳴らせた。

「おはよう、跡部」

内心ガッツポーズだが、表面上はもちろんクールな忍足侑士だ。

「・・・おはよう」
「一人か・・・?カレシはどないしたん・・・?」

跡部は意地悪く笑った忍足の顔を暫し見つめる。

「やっぱ居らんとちゃうん?」
「・・・俺が嘘をつくとでも?」

想像していたのとは違う答えに、忍足は一瞬呆気にとられた。
しかしすぐに我に返り、再びニヤリと笑う。

「いつまでも意地張ってないで、さっさと認め?そんで俺と付き合うて?」

そっと握ろうとした手は、しかし、元気な少女の声に遮られた。

「おっまたせ〜!」
「・・・なんや、岳人、今日はえらく早いんやな」
「当然!侑士の考えそうな事位お見通しだっつーの。今日は跡部のカレシも来るんだからさー、手ぇ出すのやめとけよ?」
「・・・は?」

あれ?なんかおかしない?今、この目の前で、跡部に時間より前に来たことを褒められてる子は何て言うた?聞き間違い?
いや、確かに、今日は跡部のカレシも誘って、とは言うてたけど、それは嘘であって、跡部にカレシがいるというのは嘘であって、俺はこれから跡部とデートで きるはずで―――
混乱する忍足をよそに、宍戸と鳳が仲良く二人でやって来た。こちらまで忍足の予想外に早い。

「おーっす」
「おはようございます・・・・・・忍足先輩?どうしたんですか?」

訝しげな鳳の首に手を回し、皆から少し遠くのところまでひっぱってくると、忍足は珍しく焦った声を発した。

「・・・跡部のカレシとやらがくるんやて・・・」
「ええ!?マジでいたんですか!?」

鳳はばっと振り返る。
長い髪を普段より高い場所で縛り上げ、グレーのパーカとジーンズ、シルバーのヒール靴をはいた宍戸。
一方、落ち着いたピンク色のニットにひざ丈の黒いパンツ、スニーカーがイメージにぴったりな岳人。
そして、相変わらず綺麗な跡部。
忍足の存在を忘れて、鳳は華やかな三人にしばし見とれた。

「おい」
「・・・、はっ!す、すみません、忍足先輩!それにしても、あの部活第一な跡部さんにカレシなんてできるんでしょうか?言い寄ってくる男はたくさん居るで しょうけど・・・」

それに、週末に特定の人と会ってる気配はないんですよね?という鳳の質問に忍足が頷いたとき、跡部たちの方から声がした。

「お、来た来た!」
「悪い、遅くなった」

爽やかな声だ。まだ待ち合わせ時間にもなっていないのに、律儀に謝っている。
はっとしてその人物を見た忍足と鳳は、目を見開いた。
背は忍足と同じくらい―つまり一般男子中学生としたら高い方だ。
立てた髪に一瞬目を奪われるが、その下の顔は整っていて、今は優しげに笑みの形を浮かべている。
自分たちも充分目立つが、その少年も周りの視線を集めるには充分な容姿だ。

「かっこいい人ですね・・・」

唸るように鳳が呟く。
二人が固まっていると、跡部が手招きをした。
忍足は唇の端を上げて笑顔を作ったが、目が笑っていない。心なしか頬も引きつっている。
鳳はそんな様子の先輩と跡部さんのカレシ≠おろおろと見比べながら歩を進めた。
二人が傍までくると、跡部はそれこそ「ニッコリ」と音でもつきそうな笑顔を見せた。
忍足とは正反対の、心の底からの笑顔という感じだ。

「忍足、鳳。紹介するぜ。俺のカレシの、南健太郎だ。で、こっちは、同じ学校の忍足侑士と鳳長太郎だぜ。健太郎」

殊更「カレシ」と「健太郎」の部分に力を入れる。

((名前呼び捨て!!))

「よろしく。山吹中の南だ」

ダメージを受ける忍足の横で、鳳が
「あっ!」
と声を上げた。

「山吹中の南さんって・・・もしかしてテニス部部長の・・・」
「って・・・え?ダブルス全国区のあの南!?」

驚く二人に、自慢げに頷く跡部と、その横で凹む山吹中のテニス部部長。

((部長で全国区のテニスプレーヤー・・・!!?))

「あー・・・なんだ、やっぱ気付かれてなかったのか・・・」
「でも名前は知られてたじゃねぇか!お前は凄いんだって皆知ってる!」
「・・・うん。サンキュ、景」

少し背伸びをして一生懸命訴えている跡部と、それに微笑む南。

「ラブラブだな!」
「景とか言っちゃってるしな!」

宍戸と岳人がニヤニヤとしながら跡部をつつく。

((ラブラブ・・・景・・・))

「・・・忍足先輩」
「なんや、長太郎」
「なんてゆーか、もう、諦めた方が・・・痛っ!なんで叩くんですかー!?」
「うっさいわ!それ以上言ったらしばくで!」


こそこそと揉める二人を横目で確認し、頷き合ってニヤリと笑う少女たちに気付いたのは、複雑な表情の南だけであった。




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忍足侑士に甘くない忍跡サイト…それが2連式プロペラ(笑)

2004.11.21